舞祭組に想い馳せて
久しぶりの更新だー(*'ω'*)
さて、1月10日のグランキューブ大阪を皮切りに、舞祭組ファーストツアー<舞祭組村のわっと!驚く!第1笑>が始まり、もう既に残すところ福岡公演のみとなりました。
5都市6会場全21公演という、アラサーアイドルのコンサートとは思えぬ殺人的スケジュールで組まれた今回のツアー。
サラリーマンの味方!的なグループコンセプトなのに、社会人泣かせのほぼど平日で開催されている今回のツアー。
あの、
ものすっっっっごく楽しいです。
いや、楽しいなんてそんな簡単な言葉にまとめたくないな。
ここ最近、ツアーに行った方が舞祭組への思いを吐露している記事を拝見し、私も便乗して吐き出してみようと更新した次第です。
“舞祭組”という派生ユニットに対しては、各々本当にいろんな感情を抱いていると思う。
舞祭組が結成された当初は私も友達から、「大丈夫?」「もしこれが自担だったらって考えたら、私なら耐えられない」とか散々心配されたし、憐れみを受けました。
けど、私自身はそんなに重く受け止めていなくて。
寧ろ、今まで本当に辛い思いをしてきたことを知っているからこそ、「本当に良かった!」ってすぐに喜べたし、素直に応援できた。
キスマイBUSAIKU!?での喜びようを見ていたら、マイナスな感情なんて1ミリも湧き起らなかったの。
まあ、ユニット名に抵抗がなかったかと言われたら複雑だけど…。
それに勝るくらい喜びの方が大きかったことは覚えています。
結成からは割と順調に活動してたよね。
2013年12月13日 デビューシングル「棚からぼたもち」発売
2014年4月からTBS系で「UTAGE!」がスタート。舞祭組として初レギュラー番組
同年7月27日 2ndシングル「てぃーてぃーてぃーてれって てれてぃてぃてぃ~だれのケツ~」発売
同年10月18日より日テレ系で初主演ドラマ「平成舞祭組男(へいせいぶさいくサラリーマン)」放送開始
同年12月1日より「新キャベ2・液キャベG」のイメージキャラクターに抜擢、CM放送
2015年3月8日 3rdシングル「やっちゃった!!」発売
同年9月20日 2015 CONCERT TOUR「KIS-MY-WORLD」の東京ドーム公演最終日に、スルメさん(中居さん)からのサプライズにより舞祭組アルバム発売決定
同年10月26日 「UTAGE!」の後番組「Momm!!」のレギュラー出演
目に見えてどんどん露出が増えて、
シングル発売の度に「こんなに歌割があるのか!」と自担の歌声が聞けることが嬉しくて、
結構な人が拒絶反応を示した「てぃーてれ」も特に抵抗もなくすんなり受け入れられ、
今までに比べたらこんな幸せなことなんてない、全部求めていたことじゃないか、と思っていたのに、、
あの、例の番組がきっかけで私の中で何とも形容しがたい感情が渦巻き始めました。
私自身、二階堂くんに対しては批判やプロデューサー気取りな意見を言いたくない(寧ろそういう人がさむいと思っている)し、自分が求めるアイドル像を押し付けたくないから、二階堂くんが何をやっても、発言しても、基本的には肯定してきた。
たかが趣味(されど趣味、でもあるが)なんだから、ハッピーな部分だけ見ればいいじゃない、嫌だなって思うものに対しては見て見ぬ振りすればいいじゃない、って思ってヲタクしてきた。
ずっとそう思って二階堂くんを見てきたんだけど、
応援してきたんだけど、
「あ、好きな人を馬鹿にされるのってすごく嫌だな」
って思ってしまう瞬間が増えた。
もちろんバラエティ番組だし、中途半端な発言をするより、0か100の振り切った発言をしなきゃ面白くないし、爪痕を残せないのもわかっている。
かっこいい か ぶさいく か
歌がうまい か 音痴 か
ダンスがうまい か 下手 か
売れてる か 売れてない か
どっちに振り切るって言ったら、元々スポットが当たっていなかった4人のグループなんだから、後者の方に決まっている。
そっちの方がウケがいい。
ファンが、本当はそうじゃないことをわかっていればいいんだ。
視聴者に、「なんだこの人たち」って思ってもらえて、コンサートでの彼らを見て、そのギャップで沼ればいいんだ、とか最初は思っていた。
思ってたのになあ。
私が舞祭組を応援できた一番の理由は、“二階堂くんがやりたいことなら。楽しんで出来るなら。”ってことが一番重要で、
自分の応援している人が腹を括ってやりきるなら、私はずっと味方でいようって決めていたし、どんなことでも受け入れようって自信があった。
あったのに。
あの番組を見るのが段々辛くなった。
初めてのレギュラー番組。
歌ってくれる、踊ってくれる、トークもしてくれる。
ほんとだったら、毎週毎週楽しみになっていたはずの月曜日が、少しずつ、少しずつ、番組を見ることが義務になっていた。
最初のころは、毎回リアルタイムで視聴していたけれど、録画して、ネットの反応を確認してから見るようになった。
何度見るのを辞めようと思ったかわからないけど、自分の知らないところで二階堂くんが何をしているかわからないのは嫌だったし、ここで見るのを辞めたらなんとなく舞祭組を否定してしまう気がして怖かった。
たかが趣味なんだから、って思っていたのに、嫌な部分は見なきゃいいって思っていたのに。
自分の思っていることとやっていることが相反するのが気持ち悪かったし、謎の自己嫌悪に陥るしで、一時期本当に辛かった。
舞祭組を受け入れられずに去っていった人たちの気持ちが、遅ればせながら痛いほど理解できたもん。
でも、私が舞祭組から離れることが出来なかったのは、やっぱり二階堂高嗣というアイドルが好きで好きで仕方なかったから。
きっと、離れていった人も本当に好きで好きで仕方なかったからこそ、許せなくて受け入れられなかったんだと思う。
私も未だに嫌だったことはずっと嫌だし、あの番組も出来ればもう見たくないから、Momm!!の後番組がなくて、ちょっとほっとしている。
(代わりになんかほっこりするレギュラー番組が増えてよかった!東京で放送してないけど!)
そんなモヤモヤした心情の中、MYOJOさんで連載がスタートしていた「ジャニーズ10000字ロングインタビュー『STAND BY ME ~いつもそばにいてくれたね。~』」で、キスマイの番が回ってきた。
読むのが楽しみな反面、絶対触れられるであろう舞祭組に対する二階堂くんの気持ちを知るのが、少し怖かった。
北山くん、藤ヶ谷くん、玉森くんのインタビューでも、やはり舞祭組について触れられていた。
藤ヶ谷くんが一番二階堂くんについて話してくれてたから抜粋。
『ニカは早い段階で、舞祭組がグループのためになる。4人にとってもより活きる道なんだって決断したんだって感じがしました。収録前にニカ、4人は暗いなーって言われたら、“そんなことないですよ!”って全員でそろって立とうぜって、ほかの3人に言ってた姿を見てたりしたんで』
―前から(二階堂くんは)バラエティー向きの素質ってあったと思う?
『昔はキスマイでボケるゲームとかして遊んでたりしても、ニカ、絶対やらなかったから。“キャラじゃない”って。だから、振り切ったなって。バラエティーが好きなのはまちがいないけど、見えないところで努力してるんだろうし、きっと自分の役割として、グループのために、どこかで一気に舵を切ったんだろうなって』
これを読んで、めちゃくちゃ泣いた。死ぬほど泣いた。
二階堂くん自体、自分が努力したこととか絶対に言わないタイプだし、それを誰かから言われるのも苦手なタイプだと思うから、こうやって周りの人が見守ってくれてたのは、きっと救いになったんだろうなって。
私でも、「あ、二階堂くん変わったな」って明らかに変化に気付いた瞬間があった。
藤ヶ谷くんからも「ニカはバランサーだよね」っていじられるくらい、自分を推しださなくなった。
心配になるくらい空気を読むようになって、本人も「俯瞰で見てる」なんて難しい言葉を使いだして、プラスの意味で捉えれば他者愛に溢れてて、マイナスに考えるなら自己犠牲になっているように感じていた。
でもこれを読んで、そんなことを思ってしまっていた自分を恥じた。
二階堂くんはもうずっと、とっくに前を見ていたんだ。
ずっと後ろを気にして歩いていたのは、私だったんだなって。
その後に二階堂くんの10000字インタビューの回がまわってきた。
―デビュー前のダークサイドに陥ってた時代を考えると、変わったよね。
『デビュー直後だって危うかったよ。だって、音楽番組に出るときとか、渡された台本を読んだら、カット割の上に藤ヶ谷、北山、玉森、もう3人の繰り返し。残りの4人は全然名前ねーの。キツかったっすね。』
『音楽番組で「Everybody Go」を歌ったときなんか、3人はたしか白の衣装で、うしろの4人は黒。しかも振り返ったら、バックのJr.も黒(笑)。テレビで見たら、もう3人しかわかんなくて。“これ、さすがにキツイなー”って。』
―そういうとき、4人でグチを言い合ったりした?
『ない。それこそ惨めだし、情けないでしょ。思うところはそれぞれあった。でも、自分たちのせいでもあるし、言ったところで変わる世界でもないから』
―前の3人も、「がんばろうな」とは言えないだろうしね。
『言えなかっただろうし、もし言われてたらブチキレてた。“言われなくたってがんばってるよ!!”って。うん、だから前の3人のほうがツラかったと思うよ。今になって思えば。あのころの7人、ちょっとギクシャクしてたもんな』
あの頃がキツかった、ツラかったって素直に言ってくれてよかった。
二階堂くんのことだから、またはぐらかして本心を話してくれないかもしれないって思ってたから、その言葉が聞けて本当によかった。
それだけで、あの不遇の時代に苦しんでいた4人のファンの気持ちが救われたような気がした。
ツラいな、しんどいな、って思っててもよかったんだって。
―舞祭組が結成されたときは、どんなこと思ったの?
『“ちょっと光、当たった!”みたいな。すっごいうれしくて。正直な話、なんでもよかったんです。舞祭組じゃなくてもなんでもよかった(笑)。』
『今でも思うよ。舞祭組ができてなかったら、どうなってんだろうって。今、何やってたんだろうって』
『舞祭組で番組に出ると、アーティストはもちろん、芸人さんもいっぱいいて。いっしょに出てる全員に勝ちたかった。だって、もともと影だった4人が影のままだったら、ユニット結成した意味ないでしょ!?実力もテクニックもないのはわかってる。でも、とにかく必死だった』
―中居さんからアドバイスってもらった?
『~中略~ “キスマイと舞祭組の中に入るのはお前”みたいなことも。』
―その言葉、どう解釈したの?
『いまだにわかんない。ただ、僕の中での結論は、キスマイと舞祭組のバランスを見たり、ふたつをつなぐ役割りを託されたのかなって』
読み終わったあと、 たくさんの涙と共に、自分の中でずっと抱えていた憤りや悲しみや戸惑いが、スーーーッと浄化していくのがわかった。
やっぱり二階堂くんってすごいな。
私が聞きたかった言葉がすべて集約されていて、でも本心は隠されている。
もっと汚い感情とかあったかもしれないけど、不器用なりに言葉は選んでていて、それでいて綺麗ごとだけじゃない。
笑顔の裏で、ずっと戦ってきたんだ。
中居さんから託された、「キスマイと舞祭組をつなぐ」役割のために。
コンサートでの二階堂くんの挨拶は、いつからか
『Kis-My-Ft2の二階堂高嗣です。舞祭組の二階堂高嗣です。』
がお決まりになった。
何かある度に、
『舞祭組も忘れないでね』
『舞祭組もよろしくね』
ってファンに訴えかけていた。
そう、舞祭組は2015年の「やっちゃった!!」以降、活動らしい活動がぴたっと止まってしまっていたから。
アルバム発売決定が決まってから、進捗情報が全く入らなくなった。
まあ、2016年に入ってから、中居さん自体がそれどころではない状況になってしまっていたからしょうがないけれど…。
今か今かとアルバム発売を待っていたけれど、いつからか期待をしなくなってしまった。
諦めてしまった。
きっと、多くのファンがそうなってしまったから、余計に二階堂くんは『舞祭組もよろしくね』って言っていたんだろうな。
キスマイ担が一生語り継ぐであろう、あの夏を終え*1、舞祭組のことはたまに見る「Momm!!」でしか思い出さなくなってしまったある日、突然の発表があった。
舞祭組のデビュー日12月13日に、1年10か月ぶりのシングル「道しるべ」が発売されることが決まった。
発売は2017年1月4日。
震えた。涙が出た。4人は諦めてなかったんだ。
4人で作詞・作曲をした初のバラード曲。
きっと中居さんに向けての曲だろうなって思った。
それに伴って、年始早々ハイタッチ会が決まったり、バタバタと忙しかったけど、すっごく幸せだったのが、自分でも意外でびっくりした。
あ、私、舞祭組のこと好きなんだなって今更ながら気付いた。
「道しるべ」のMVの最後、モチーフとして使用されているオルゴールのカットになり、二階堂くんからの手書きメッセージがアップになる演出にわんわん泣いた。
一気にアルバム発売が現実味を帯びた。
そこからまた特に何もなく、キスマイのアリーナツアーに神経を持っていかれ、そしてまたもや突然の発表となった、アルバム発売と全国ツアー!
まさかのキスマイBUSAIKU!?内での発表(笑)
普通に寝ちゃって、夜中に目が覚めて、TwitterのTLを見たらびっくりして飛び起きた(笑)
もうそこからは毎日そわそわとドキドキと少しの不安で忙しなかったなあ。
舞祭組には大きい会場でコンサートをさせないっていう中居さんの方針があったから、下手したらライブハウスとかだったらどうしよう…とか思ってたら、なんとかホールツアーになってくれたけど、それでもキャパ問題で病んだり(笑)。
前述した通り、社会人泣かせの1公演以外が平日という何とも鬼畜な日程だったり。
キスマイRadioとか雑誌で、「ジャニーズらしくないことをやってるから、あとはみんなが受け入れてくれるかどうか」とか「(コンサートは)複雑な気持ちで帰ることになる」とか煽るから、一体どんなことを…!?ってめちゃくちゃ不安だなあ(笑)。
結局、視聴段階で不安だった曲(主に、っていうか恋愛心経)も、フルで聴いてMVメドレーも見たらなかなか癖になったし、雑誌で語られるアルバム裏話とか、コンサートの内容とかを見てたら、不安なんかより楽しみの方が上回って、初日が本当に待ち遠しかった!
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宮田『打ち合わせを何回かさせてもらってるけど、ほぼ二階堂さんとスタッフさんの話し合いを、オレら3人は横で聞いてる感じで…。見えてる世界が違いすぎる。』
千賀『そう、二階堂とスタッフさんはプロ同士の会話だから。』
宮田『もう感心しかない!“ああ~こうやって良いものって生まれていくんだな”って!』
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千賀『僕、今回は何曲か振り付けをしたいと思っていて、その話をした夜に二階堂さんからメールが来まして。』
千賀『「千賀が振り付けをするのはすごく良いと思う」って。で、僕は1曲って言ってたんですけど、本当は何曲もやりたかったんです。そしたらそれも分かってたのか、「千賀がやりたいなら何曲もやっていいから教えて」と。』
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横尾『今回、ニカを見てて作品を作る熱意がすごいなと本当に思った。妥協せず、スタッフさんとも良い意味で戦うし。』
横尾『あと、悔しいけどニカは誰よりも舞祭組を、キスマイを愛してる。「オレだって!」って言いたいけど敵わないほど。』
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二階堂くん、WORLDらへんから北山くんと一緒に構成にまわるようになったから、北山くんやスタッフさんから多くを学んだんだろうなあ。
それをしっかり舞祭組に生かして、他のメンバーのやりたいことも聞いて考えて。
でも絶対それを見せない人だから、こうやって3人が二階堂くんの頑張りや気遣いを教えてくれるのは本当にありがたい。
ツアーパンフレットで、メンバー一人一人へ言葉を贈るコーナーがあるのだけど、そこで3人から贈られた言葉が、二階堂高嗣の真髄だと思った。
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横尾『舞祭組に対する一生懸命な姿を知っているからこそ、「ニカが言うならやるよ!」って、俺らも素直に思うんだよね。』
宮田『舞祭組というグループ、メンバーの俺たちのことが本当に大好きなんだなって思う(笑)。4人で共同生活した時も、缶ビール片手に泣きながら舞祭組のPVを観ていたもんなあ。』
千賀『二階堂が、たまに「もう頭がパンパンだよ~」って弱音を吐いちゃうところも、またかわいいんだよね。俺で良ければ、いつでも相談に乗るよ!』
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そして、二階堂くんが敬愛する中居さんからの温かい言葉。
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『二階堂は今回のアルバム、ツアーに関して、本当に熱心にやっていますね。その想いや姿勢が他の3人の刺激になり、舞祭組を引っ張る力になっていると思います。舞祭組を代表して、相談や確認をしにやって来るんですよ。ちゃんと気配り、目配りのできる子なんだと感じます。』
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二階堂くん、この言葉を見て泣いたんじゃないかな(笑)
直接は絶対褒めない人、って言ってたもんね。
先輩からこんなに愛情をもらって、頑張りを認めてもらって…一ファンとしても本当に誇らしいです。
二階堂くんは自慢の自担。
まとまりのない文章を長々と書いてしまったけれど、こうやって自分の気持ちを吐き出してすっきりした。
コンサートが終わる前に書き終われて良かった(笑)
明日のオーラスを迎えたら、舞祭組村について書こうかな!
まだまだ舞祭組村に行きたいけど、始まりがあると必ず終わりがあるからね。
しっかり目に焼き付けてきたいと思います。
さばらだー:-)
二階堂『キスマイという母体がしっかりしているからこそ、舞祭組でいろんなことができる。俺にとっては、一番大事な場所。』